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「母の支えは本当に大きかったの。」と語る、車椅子生活を送るソフィー(写真右)と、ソフィーの母のキャロル(写真左)。

OK! 独占インタビュー☆ソフィー・モーガン:「確かに私は身体障害者よ。でも、その状況を変えようと努力しなかったら、今の私はここにはいないの!」Vol.1

18歳で交通事故に遭い、体の麻痺で身体障害者になってからの自身の人生について、その心境を打ち明けるプレゼンターのソフィー!

昔から「母娘の縁は切っても切れない!」と言われているが、ソフィー・モーガン(Sophie Morgan)と、ソフィーの母、キャロル(Carol)は、さらに“特別な硬い絆”で結ばれていると言っても過言ではない!

OK! インタビューが始まったか、始まらないかのうちに「母親の支えに救われた自分の人生を振り返って、母に感謝してもし切れない。」と語り、だからこそ、このOK! インタビューの撮影はソフィーにとって特別な感慨があると語る、テレビ司会者ソフィー(37歳)は、母へのゆるぎない感謝の思いを次のようなコメントを残している。

「母はいつも私を支えてくれる“強い岩”のような存在! そして、それだけではなくて、私にとって“良き友”“賢い母親”でもあるの。母への感謝はどんなことがあっても永遠で何物にも代え難いものなの。」

趣味の良い自然色で統一され、たくさんの花に囲まれたキャロルの自宅で揃ってポーズを取るキャロルとソフィー! この家で育っていないソフィーだが、ロンドンのフラットで生活していないときは、できるだけ多くの時間を母のキャロル、父のジョン(John)、弟のトム(Tom)と共に過ごすようにしているという。

ソフィーと一緒に話をしていると、まるで身近にいるスマートな友達とグラスを片手に話をしているような錯覚を覚えてしまう。そして、人を惹きつけて止まないチャーミングなソフィーは逆境をチャンスに変える強さの象徴でもある。

2003年の夏、18歳のときに車の事故に遭遇したソフィーは、脊椎に致命的な損傷を負い、現在は車椅子生活を余儀なくされている。でも、そこで終わらないのが人生の先駆者、ソフィー! 2012年のロンドンパラリンピックで見事にスポーツ部門の司会を務めた後、続く2021年に開催された東京2020パラリンピック競技大会でもまた今年のクラフツ(Crufts)のイベントで司会役を担ったクレア・ボールディング(Clare Balding)と共同で司会役を務めている。ちなみに、“クラフツ”は毎年イギリスで開催される国際的な犬のイベントである。

その他にもドキュメンタリーシリーズ作品『リビング・ワイルド: ハウ・トゥー・チェンジ・ユア・ライフ』(Living Wild: How To ChangeYour Life)の制作で才能を発揮するソフィー。現在その“第2シリーズ”が配信されている。

さらに、昨年の秋には“自分の心の中にある考えを恐れることなく語ること”をモットーとした英国トークショー番組『ルース・ウイメン』(Loose Women)にレギュラーパネリストとして出演したソフィーだが、その彼女はリリースされた自身の回想録『ドライビング・フォーワーズ』(Driving Forwards)の中で車の事故で変わってしまった自分の人生について、今までの辛い歴史を赤裸々に語っている。

そして、事故直後に行われた顔面矯正手術の詳細から、脊髄損傷による劇的な生活の変化を知っても、その事実をしっかりと受け止め、諦めることを良しとしなかったというソフィーは、自身の心境について次のように述べている。

「障害についての個人的で詳細な情報を意図的に伝えようとしたのは、あくまでも私自身の意思だったの。だって普通は“障害の複雑さ”なんてほとんど誰も知らないわけだから! 」

事故は “優秀な成績”を収めたことを祝うために集まったパーティーを楽しんだ後、早朝ドライブで帰宅する途中で起きたというが、そのときの様子について次のように語るソフィー!

「あの時は酔ってはいなかったけれど、かなりのスピードで運転していて、突然ハンドルを取られたような記憶があるの。でも運転歴わずか6ヶ月でまだ緊急時のハンドル操作にも慣れていない私には避けられない事故だったと思うわ。結局、顔面殴打や、頭骸骨、あご、鼻の骨折という傷の他にも脊髄が致命的に損傷されてしまったの。事故が起きたと同時に胸部から下が麻痺していることに気が付いたわ。そして、事故のあとは病院で3ヶ月に渡るリハビリ生活が続いたというわけなの。」

ソフィーが胸から下の体の部分が麻痺していることに気付いたのは事故に遭遇してからしばらく時間が経ってからのことで、それは大きなダメージを受けた顔の手術をまず先に手掛ける必要があったからだという。

「あの当時の私はとても混乱していたし、脊髄損傷が治って体の動きや感覚が元に戻るようになるまでには、相当の時間が掛かるものなの。でも担当の医師たちは、かなり早い段階から私の体が動いたり、感覚が蘇ることに全くと言ってよいくらい期待はしていなかったと聞いているわ。そのあと2~3週間ほど経ってからリハビリが始まったんだけれど、それは失った機能を回復するためのリハビリではなくて“自分で自分の面倒をみることができる”トレーニングをすることがメインだったの。

しばらくの間「間違えているのは医師の方で、私には必ず奇跡が起きるはず。」と心の中で密かに考えていたんだけれど、でも退院した後には家族や友達からの支援に助けられながら“これからはこの障害と共に生きていかなければならない”という現実をヒシヒシと感じるようになったわ。中でも看護師の資格を持つ母の支えは本当に大きかったの。母は病院に来て、一瞬たりとも私のそばから離れようとはしなかったわ。今でも母は私を支え続けてくれる心の礎のような存在で、私にとっては命の恩人でもあるの。」

WORDS © ANNA MATHESON
PHOTOS © LORNA ROACH
STYLIST: KATE BARBOUR, STYLING ASSISTANT: KITTY BOWES, HAIR & MAKE-UP: KATE LOCKWOOD USING CHARLOTTE TILBURY AND LIVING PROOF, VIDEOGRAPHER: LANA BYRNES

Vol.2へ続く・・・。

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