ドラマチックな登場シーンといえば、ダイアナ・ロス(Diana Ross)が間違いなく王者です。今年のメットガラ(Met Gala)のブルーカーペットに、羽根飾りのケープとハットをまとった、床まで届くほどの壮大な白いドレスに身を包み、グラミー賞受賞のレジェンドは、階段をトレーンで運ぶアシスタントも数人揃え、20年ぶりのメットガラ登場を華々しく飾りました。
ダイアナは、2022年の女王即位60周年記念コンサート(The Queen’s Platinum Jubilee concert)での素晴らしいパフォーマンス、同年のグラストンベリー(Glastonbury)のピラミッドステージでの忘れられないパフォーマンス、そして2023年のロイヤルアルバートホール(Royal Albert Hall)での2回の完売公演に続き、6月末からスタートしているイギリスツアーのステージでも同様の衝撃を与えることを目指しています。
ダイアナは、貴重な独占インタビューで、数々の衣装チェンジを含むファッションが、彼女の新しいショーの中心となるだろうと語りました。それは特に、イギリス人が非常に鋭いスタイル感覚を持っているからでしょう。
(イギリスツアー前のインタビュー当時)「イギリスに来るのが本当に楽しみです。この国が大好きですし、イギリスの人々はエレガントです。ライブバンドを連れて行きます。オーケストラと合唱団も加わるので、このショーは本当に特別なものになるでしょう。ダンスと華やかな衣装チェンジで、思い出に残る2時間近くになると思います。」と彼女は言います。
これらのショーで着用するドレスはオーダーメイドで、ダイアナ自身が一つ一つデザインし、裁縫師と協力しながら命を吹き込んでいます。「ファッションと音楽は自己表現の手段です。私にとって、ファッションと音楽はまさに私の一部であり、私と音楽をつなぐもの。このツアーでは、全てのドレスと全ての曲に、楽しくエレガントな精神を反映させたいんです」と彼女は言います。
「音楽とファッションは切っても切れない関係です。ドレスアップするのは素晴らしい気分です。ショーに来てくださる皆さんにも、同じようにドレスアップしていただきたいんです。」
5人の子供と8人の孫を持つダイアナにとって、ファッションと同様に家族こそが全てです。「家族は私にとって最大の喜びであり、祝福です。ロンダ(第1子のロンダ・スザンヌ・シルバースタイン(Rhonda Suzanne Silberstein))はツアーに同行し、ショーにも来てくれます。5人の子供たちは本当に母の面倒をよく見てくれます。」と彼女は言います。
ダイアナは1971年、モータウン(Motown)の伝説的ミュージシャン、ベリー・ゴーディ(Berry Gordy)との間にロンダ(現在53歳)をもうけました。
同年、最初の夫である音楽エグゼクティブのロバート・エリス・シルバースタイン(Robert Ellis Silberstein)と結婚し、トレイシー(Tracee)(現在52歳)とチャドニー(Chudney)(現在49歳)という娘をもうけました。
1977年にシルバースタインと別れ、1986年にはノルウェーの海運王で登山家のアルネ・ネス・ジュニア(Arne Næss Jr)と結婚しました。2人の間にはロス(Ross)(現在37歳)とエヴァン(Evan)(現在36歳)という息子がいますが、2000年に離婚しました。
ダイアナはメットガラのドレスに子供たち全員の名前を縫い付けることで、子供たちに敬意を表しました。「ファッションは音楽のように物語を語ります。」と彼女は言います。
「メットガラは私にとって特別な瞬間でした。息子のエヴァンと若手デザイナーのウーゴ・モジー(Ugo Mozie)、そして私が着たドレスとマントを共同で制作しました。私たちは何か意味のあるものにしたかったのです。18フィート(5.48m)のトレーンは世代を超えて続き、成人した子供たちと孫たちの名前が美しく刺繍されています。ビーズとクリスタルがあしらわれ、細部にまでこだわって家族と私たちの愛を称えています。」

写真左から:アルネ・ネス・ジュニアとダイアナの子供のエヴァン・ロス、ダイアナ・ロス、ロバート・エリス・シルバースタインとダイアナの子供のトレイシー・エリス・ロス。
デトロイトのブリュースター・ダグラス住宅プロジェクト(Brewster-Douglass Housing Project:アメリカ初の連邦政府資金によるアフリカ系アメリカ人向け住宅)で生まれたダイアナは、6人兄弟の1人として、家族のパーティーやバプテスト教会のゴスペル合唱団で歌いながら育ちました。
彼女はフローレンス・バラード(Florence Ballard)とメアリー・ウィルソン(Mary Wilson)と出会い、1959年初頭、ベティ・マグロウン(Betty McGlown)と共に3人の少女で「ザ・プライメッツ(The Primettes)」という女性だけの歌唱グループを結成しました。
「歌うことへの愛が私の人生と情熱になりました。あの瞬間が本当に希望を与えてくれました。それは、この美しく、信じられないほど恵まれた旅の始まりでした。」と彼女は語ります。
ザ・プライメッツは設立間もないモータウン・レーベルのオーディションを受け、1961年1月にシュープリームス(The Supremes)として契約を交わした。1965年までに『ベイビー・ラブ』(Baby Love)や『ストップ・イン・ザ・ネイム・オブ・ラヴ』(Stop! In the Name of Love)を含む5曲連続のナンバーワンヒットを記録。
1967年にはバンド名をダイアナ・ロス&ザ・シュープリームス(Diana Ross & The Supremes)に変更。
3年後、ダイアナはソロ活動を始めました。膨大な作品群を持つダイアナは、新たなツアーのセットリスト選びに迷うほどです。
「観客からはヒット曲のリクエストが殺到してきました。『アイム・スティル・ウェイティング』(I’m Still Waiting)、『ラヴ・ハングオーヴァー』(Love Hangover)、『チェイン・リアクション』(Chain Reaction)。さあ、イギリスへ行きましょう!」と彼女は語ります。
60年にわたるキャリアを持つダイアナですが、観客の前でライブパフォーマンスをすることには変わらず大きな喜びを感じており、それを「生命力」と表現しています。「パフォーマンス以上に魔法のようなことはありません。ステージに立つと、生きている実感があります。」と彼女は言います。
「私にとって、それはまさに魔法のようです。私にとっても、観客にとっても楽しい時間です。パフォーマンスをしながら、観客とエネルギーの交換を感じることができます。ステージから美しく、幸せそうな顔を見るのが大好きです。観客は私の全てのショーにとって、とても大切な存在なのです。」
彼女は英国の名門オーケストラ3団体のホルンセクションと弦楽セクションを招聘(しょうへい)し、マンチェスター(Manchester)を拠点とするハレ管弦楽団(The Hallé Orchestra)の演奏家たちと共演した後、グラスゴー(Glasgow)のロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管弦楽団(The Royal Scottish National Orchestra)とロンドンのロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団(The Royal Philharmonic Concert Orchestra)のメンバーとも共演する予定です。
「皆さんに、本当に特別な何かの一部になったと感じてもらいたいんです。皆さんも私と同じようにショーの一部なのです。どのショーも、忘れられない夜になることを願っています。音楽、思い出、そして輝きを。」と彼女は言います。
Words © Tom Bryant / OK! Magazine
Photo © Adriana M. Barraza / WENN.com
Photo © Sheri Determan / WENN.com
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