━━出産の状況について少し触れていただけますか?
サム:予定日よりも11日遅れていたので、誘発を起こすために入院の予約を入れていたの。既に陣痛の予兆があって、週末には陣痛が始まっていたわ。それで月曜日に入院したとき、医者は「さあこれから破水の準備に入りますよ。」というわけ。
まずはパラセタモール(paracetamol)とコデイン(codeine)の鎮痛剤を飲んで、まだ産道を広げるためにガスや空気を入れる段階ではなかったので、最初はそれほど大変なプロセスではなかったわ。でも、徐々に痛みが増してきて、産道が4センチメートルくらい広がったところで、今度はオキシトシン(oxytocin)点滴を始めたの。私にとっては全てが初めての経験だったわ。
トム:サムはガスと空気を入れるだけで、その他のことは一切必要ないと断固として言い張るんだ。もともとオリンピック選手として厳しい鍛錬を積み重ねているわけだから、普通の人より痛みを感じる限界がはるかに高いしね。段々痛みが激しくなって、ナンバーナイン(number nine:アメリカの鎮痛剤)が必要かと思っているうちにサムが「もしかしたら、ぺチジン(pethidine:中枢に作用して鎮痛作用を促すドイツ発明の鎮痛剤)が必要かもしれないわ。」と叫んだんだ。
サム:点滴はより強い力で人工的に陣痛を強めるということを知らなかったの。
トム:人間の体があんな状態に耐えることができるなんて想像もできなかったよ。ホッケーの試合で肋骨を折ったりするサムは知っていたけれど、正直言って女性が経験しなければならない陣痛の苦しみが、あんなにすごいものだとは思わなかった。だから苦しんでいるサムの姿を見て、思わず「もう二度とこんな目には合わせないよ。」と叫んでしまったんだ。とにかく28時間の陣痛劇のあとに、モリーはやっと僕たちの前に姿を現してくれたんだ。
サム:実を言うと、私自身はそれほど長いとは感じていなかったような気がするわ。夜中には産道が6センチメートルに広がって、それから何時間も同じ状態だったの。それまで状態を確認するために何度も部屋に入ってきていた看護師が、「聞いてください。破水が始まってからかなりの時間が経っていて、これ以上今の状態を続けることは危険なんです。」と言ったのを覚えているわ。
トム:それを聞いたとき、僕は思わず「ちょっと待って! サムの産道はもう6センチメートルに広がっているし、本人がもう少し頑張ってみると言っているんだから!」と叫んでしまったんだ。それからそのまま4時間経ったとき、病院側が「さあ、これからどうしますか?」と聞いてきたんだけれど、それからさらに4時間頑張り続けたサムは、その後も「まだあと4時間頑張ってみるわ。」と言い続けて、結局24時間後にまだ6センチメートルしか産道が広がっていない状態だったんだ。そこでやっと他のオプションについて医師に聞くサムに病院側はほっとした様子だったよ。それで、彼らは「そろそろ赤ちゃんの頭が出るくらいに産道が広がり始めているので、帝王切開というのがベストな選択だと思いますよ。」と答えたというわけ!
サム:それから後は信じられないくらいに痛みがなくなって、効率よくスムーズにことが運んだという感じだったわ。
トム:本当に、僕にとっては“劇場に入って33分後に全てが終わって、そのまま劇場を出たという感じだったね。”あんなにすごい出産劇を繰り広げたというのに、驚いたことにサムの体には全くといってよいくらい何の痕跡もなかったんだ。でもモリーの出産は僕にとってかなりトラウマな経験だったよ。
とにかくサムの腹筋はすごく発達していて、それが原因で産道がなかなかスムーズに広がらなかったんだ。周囲の人たちはサムの小さな体から、5ポンドから6ポンド(約2,300グラム~2,700グラム)の小さな赤ちゃんを想像していたらしいけれど、実際に生まれたばかりの体重を量ってみると7lb14oz(約3,500グラム)という大きな赤ちゃんで、それには医師もびっくりしていたよ。
サム:彼女はブクブクと泡を立てるような音を立てながら生まれてきたの。私は彼女の姿を見た瞬間に思わず涙があふれ出てきてしまって、トムも彼女を抱き上げながら泣いていたわ。そうしたら彼女も私たちの顔をじっと見つめて、次の瞬間には泣き始めていたの。
━━何という素晴らしい体験なんでしょう!
トム:帝王切開手術を始める前に医師が来て、万が一の危険性について色々と説明してくれたんだ。その中には、たとえば数千分の一の確率だけれど、これから先はもう子供を授かることができなくなる可能性もあると言われて、そのときサムは思わず「それなら卵子を1つ保管することはできないかしら?」と聞いていたのを覚えているよ。
そうこうしているうちにサムを分娩室に連れて行こうとする病院のスタッフに向かって僕は思わず「皆さん、ちょっと席を外してくれませんか? 妻と2人になってちょっと話をしたいことがあるんです。」と言って、2人で話す時間をもらったんだ。そして、重い荷物を背負って最高峰のエベレスト山を登ろうとする女性の姿を24時間見続けてきた僕は、その当事者のサムの脇に寄り添って「これだけは知っておいてほしいのだけれど、君は信じられないような時間を乗り越えて、今へとへとに疲れ切っていることを知っているよね。」と言いながら泣き始めてしまったんだ。
サム:でも、トムがこみあげるような表情で私を見つめているのを見たとき、私は何とかして自分の気持ちを切り替えるようにしていたの。
トム:そう、きっとそれが“ゲームが開始したら、それ一点に集中する”君のオリンピック・フェイスなんだろうね。
サム:確かに、そうね。強いて言えば、お酒を飲んで酔っ払っても、その状態からすぐに自分を切り替えることができるという感じなのかもしれないわ。
トム:それで、彼女は僕の目をじっと見つめながら、「大丈夫よ!」と言ったんだ。
WORDS © GEMMA MCCARTNEY
PHOTOS © RACHEL JOSEPH
STYLING : LORRAINE MCCULLOCH
HAIR & MAKEUP : SALLY ROWE
Vol.3へ続く・・・。