野良猫と人間が共存する”奇跡の猫の国”と呼ばれるマルタ共和国。地中海の小さなこの島国で生きる猫たちと人とのつながりを描いたドキュメンタリー映画『ねこしま』(原題:Cats of Malta)は、可愛くもたくましい猫たちに癒やされ心温まる作品と話題を呼び世界中の映画祭で絶賛され、数々の賞を受賞しています。本作の1月10日(金)からの日本公開を記念して、サラ・ジェイン・ポルテッリ(Sarah Jayne Portelli)監督がマルタから来日。「猫を愛する日本で公開されることが夢でした」という監督に会って、さまざまなお話を伺いました。
ーー猫の映画を作ろうとしたきっかけは、何なのでしょうか。
私は本作のプロデューサーで撮影を務めるイヴァン・マレキン(Ivan Malekin)と一緒に、5年程前にオーストラリアからマルタに移住しました。その時に驚いたのは、至るところで猫を見かけて、地元の人々と共存していることでした。やがて私たちは猫の餌やりコミュニティーの存在を知って、地元のSNSで繋がっているグループに参加したり、猫の保護団体でボランティア活動もするようになりました。なぜこの小さな島のあちこちに、こんなにも多くの猫と猫を愛する共同体が広がっているのか? その謎に迫りたい思いが募りました。私たちが発見したマルタの猫と人々の物語を、世界に知ってほしいと思ったのです。
――今回、初めてドキュメンタリーに挑戦されたということです。その理由や製作の経緯を教えてください。
私とイヴァンが所属する制作会社ネクサス・プロダクションは、もともと即興映画を撮っていました。新しいカメラの性能を試そうとさまざまな猫の映像を撮影し始めた時に、マルタのシンボル的な巨大猫像を創った芸術家のマシューと会い、そこからドキュメンタリーで撮ろうという方向性が形作られていきました。猫を題材にした作品なら、フィクションよりも実際に起きていることの方が面白いと思ったのです。また、作品中には移転を余儀なくされる「猫の村」が出てきますが、今撮らなければ、状況がどんどん変わっていってしまうという経緯もありました。
――完成までの製作期間は? 製作にまつわるエピソードもお願いします。
撮影を始めたのは、2020年3月でした。コロナ禍で制約もあった中でのインタビュー・撮影に1年間、そして編集に1年かけて、2022年に完成しました。ちなみに移住した当時、私は保険の仕事をして製作費を稼ぎました。この作品は、すべて自費で製作したものです。ドローン撮影もして膨大な量のフッテージがありましたが、30分、60分、そしてこの71分という様々なバージョンのものを作りました。最初はストリーミングを考えていて、まさかこれほど反響があるとは思いませんでした。
――猫の撮影は時間もかかって大変だったと思います。苦労したり、逆に楽しかったのはどんなことでしょう。
13歳の少年が餌をあげている猫と一緒のシーンを撮ろうとした時に、猫たちは隠れたまま出てきてくれず、辛抱強く待つしかありませんでした。でもその時に偶然、少年と面識のある猫好きな母娘に会って、彼女たちも撮ることができました。さらに彼女たちが餌をあげている可愛い子猫も現れたのです。ドキュメンタリーならではの、予想外の展開でしたね。
野生の習性が身についている野良猫たちはどこに出没するか分かりませんが、逆に猫の保護団体の所で撮影した時には、大勢の猫に囲まれました。猫たちは好奇心満々で目の前に集まってきて、面白いシーンが撮れました。機材の所に乗っかって撮影の邪魔をしてくれたり(笑)、そんなハプニングもとても楽しかったです。
ーー猫がカメラのバッグに入ってしまうシーンなど、愉快でほっこり心が和みました。撮影を通してご自身が得たものを教えてください。
猫の保護団体の人々に出会って、さまざまな学びがあったとことです。そして彼らがまったく代償を求めずに、猫たちを思いやるという優しさを知りました。交通事故で大怪我を負った黒猫を救った人たちをはじめ、多くの人々から学ばせてもらいました。
私はマルタに移住する前、オーストリアではずっと犬を飼っていましたが、すっかり猫派になって、今では引き取った保護猫と暮らしています。撮影の合間に猫を撫でると喉をゴロゴロさせて、それがとても心地よくて、自分自身の気持ちも落ち着きました。猫のマジックが展開されたことが、この作品に収められていると思います。
ーーマルタの猫には、どんな特徴がありますか。
マルタの猫はとてもタフで独立心が強く、生命力があって、たくましいですね。猫たちは人々に溶け込んでいて、風景の一部になっています。そんな猫たちも、地元住民のボランティア活動をする人たちによって、シェルターや必要な医療を提供されるなど、厚い支援を受けています。
――日本にも、マルタのように猫が人より多い「猫島」があります。一方、都市部では屋内で飼うことが推奨されています。マルタではいかがですか。
屋内で猫を飼って外に出さないと長生きできるという利点もありますが、飼い主の生活のリズムに猫を合わせることになります。人が猫をかまってあげる時間が持てず、閉じ込めて放置するようでは、猫を飼う意味もありません。猫が良い「猫生」が送れるように、家の中で飼う場合は、人がどれだけ猫に時間を割けるかということが大事だと思います。猫にも人間のように嫉妬したり悲しんだり、という感情があります。ですから猫が本当に幸せなのか、猫のメンタルヘルスなどさまざまなことを考えると、やはり猫が外で自由に動き回れるのはいいことだと思います。
マルタでは屋内でも屋外でも飼えますが、庭付きの家がほとんどなく、車の交通量がとても多いので、外に出す時には気を付けないと猫が車に轢かれてしまいます。これは今頻繁に起きている問題で、解決しなければと思います。加えて、去勢も考えなけ ればいけないという課題もあります。
――さらに本作では、世界各国に共通する普遍的な問題も浮き彫りにされます。商業施設の開発で「猫の村」の猫たちの居場所が奪われたり、猫への虐待などの問題とどう向き合ったらいいのでしょうか。
やはり、教育に尽きると思います。実はマルタではネズミ駆除のために猫を飼って、役目が終わったら捨てるという非常に古い考え方も、一部の人々に残っています。またホテルの建設や工事が絶え間なく行われていて、猫の居場所がどんどんなくなっています。でも開発を止めることはできないので、やはり猫の存在をきちんと認めるということが大切だと思います。猫をケアする保護団体の人たちの熱心な支援は大きいですね。やはり猫は、人の助けを必要としています。猫だけでは生きていけないので、猫の助けになることを私たちが一つずつやっていくことでしょう。
――この作品が自身にもたらした変化や、今後の人生や創作活動への影響はありますか。
本作は私たちが製作した初のドキュメンタリー作品としてとても有意義なものでしたし、そのプロセスを楽しみました。その後、マルタの女性の権利に関係する作品を撮りましたが、同時に私とイヴァンは、保護猫の里親になりました。今や私たちにとって、猫は息子のような存在で、話すことといったら猫のことばかりで(笑)。猫のコミュニティーの課題とか、いろいろなことを共有できることが増えました。猫のことをもっと理解しようと思っていますし、人生の中で動物の存在がいかに大切かということを実感できました。
ーー猫に焦点を当てることによって、私たち人間へのメッセージが込められているのでしょうか。
はい。『ねこしま』は、猫と共存する人間同士のつながりや、コミュニティーの力についての作品でもあります。マルタで生きる猫たちを通してさまざまな観点から、猫が人間を必要とし、人間もいかに猫を必要としているかを伝えたいと思っています。この作品がマルタの猫と猫を愛する人を知るきっかけになってくれたら、とても嬉しいです。
映画『ねこしま』(原題:Cats of Malta)
2025年1月10日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋、新宿武蔵野館他全国ロードショー
配給:ファインフィルムズ
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TEXT 丸山けいこ