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シャロン・ストーン:「私は今でもセクシー!」
最新の映画ヒットに先立ち、シャロン・ストーン40年の軌跡を振り返る。

limited 2020.03.24

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最新の映画『原題:ワット・アバウト・ラブ』(日本未公開)のヒットに先立ち、シャロン・ストーン40年の軌跡を振り返る。


デートマッチングアプリ“Bumble (バンブル)”を利用して、パートナー探しをしているとソーシャルメディアを通してつぶやいてるシャロン・ストーン(Sharon Stone)(61歳)!

そして、その経緯について「実は、@bumbleのサイトに入ろうとしたら、サイト元がそのアカウントを使用できなくしていたの。どうやらユーザーの1人が発信した“シャロンがサイトを利用するなんてありえない”というコメントのおかげで、アカウントの利用を拒否されたらしいわ。でも、お願いだから、私をのけ者にして、チャンスを奪わないで!」と冗談めかして語るシャロン!

愛を語るにふさわしいバレンタインデーに初公開されたロマンティック・ドラマ映画『原題:ワット・アバウト・ラブ』(What About Love)(日本未公開)は、彼女を一躍スターダムに押し上げたエロティックなスリラー映画『氷の微笑(原題:Basic Instinct)』とはかけ離れた、ロマンに溢れる陽気な作品!

そして、シャロンは当時を振り返り「1992年はクラシックスタイルのターニングポイントだったと思うわ。私が仕事を始めた当時、女性には暗黙のうちに“足首をクロスさせて座る”か“足首を椅子の下に隠して座る”という、二つのスタイルしか許されていなかったの。」と語っている。
もちろん、このコメントの裏には、『氷の微笑』の主人公、キャサリン・トラメル(Catherine Tramell)が映画の中で大胆に脚を組み替える、あの有名なシーンの逸話が隠されていることは言うまでもない!

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映画界で成功を収める前の1995年、シャロンはインタビューの中で、彼女を取り巻く当時の社会状況を次のように述べている。
「女性に押し付けられた普遍的なイメージが、女優としての役作りをとても難しいものにしていたと思うわ。特に周囲の人たちは、この私のバービー人形(Barbie doll)のような容姿、それにそぐわない暗くてハスキーなボイス、口から飛び出る危険なセリフや、奇想天外なアイディアがあまりにアンバランスで、きっと私のことをどのように扱ったらよいのか分からなかったのではないかしら?」

最近になって、#MeToo運動の動きがハリウッド産業のセクシュアルハラスメント問題や、男女格差問題を浮き彫りにしているが、そうした一連の問題について、シャロンはCBSアンカーのリー・コーワン(Lee Cowan)のインタビューに次のように答えている。
「ご存知のように私はこの業界で40年間仕事をしていて、40年前にペンシルベニアの名も知れない片田舎から出てきた、世間知らずで無防備な若い女性にとって、この世界はそれほど甘いものではなかったことはまぎれもない事実! それこそ、この40年の間にありとあらゆることを目にして経験してきたと言っても過言ではないわ。」

シャロンが言う、名も知れない片田舎と言うのは、ペンシルベニア州のミードビル(Meadville)という小さな町で、彼女はその町で貧しい両親の下、4人の兄弟姉妹と共に子供時代を過ごしている。
そして19歳でニューヨークに移り、モデル活動で生計を立て、1980年にウディ・アレン(Woody Allen)の『スターダスト・メモリー』(原題:Stardust Memories)で女優としてデビューする。
さらに1996年には『カジノ』(原題:Casino)のジンジャー・マッケンナ(Ginger McKenna)役でゴールデングローブ賞を受賞、続く2004年リーガルドラマ(法廷ドラマ)『ザ・プラクティス~ボストン弁護士ファイル』(原題: The Practice)で、プライムタイム・エミー賞(Primetime Emmy)を受賞している。

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かたや、プライベートでは、2002年に二人目の夫となるフィル・ブロンシュテイン(Phil Bronstein)と結婚し、現在19歳になる息子のローアン(Roan)を養子として迎えているが、シャロンは後に、その養子縁組の前に2回の流産を経験していると告白している。
結局二人の結婚はその4年後に破局を迎えているが、離婚後もシャロンは、現在14歳となるライアード(Laird)と13歳になるクィン(Quinn)の二人の子供たちを養子に迎えている。

そして2001年、脳卒中で倒れ、一命を取りとめたシャロンだが、その彼女は自身の人生を振り返り、40代が最も充実していた年月と語っている。
その理由について「当時のハリウッドでは40代に入った女性には、なかなか仕事のチャンスが巡ってこないというのが現実だったの。“3人の素晴らしい息子たちの母親業”、“脳卒中の手術からの回復”、“長男を巡る親権裁判”という困難を抱えていた時期ではあったけれど、でも今振り返ってみるとそれはそれなりにとても充実した素晴らしい時期だったと思っているわ。3人の小さな子供たちを抱える女性にデートを申し込む男性はほとんどいなくて、40代は私にとって和解と改革、そして自分自身を見つめ直す時期だったと思うわ。そして、それと同時に自分が心身共に一番美しく輝いていたのが40代だったと考えているの。」と語るシャロン!

さらに母親業について「3人の子供たちの母親業に明け暮れている頃が、私にとって最も素晴らしくて有意義な時期で、子供たちには常に“知識を身につけること”、“思慮深い青年になること”の大切さを念頭に入れて子育てをしてきたつもりなの。」と語るシャロンだが、その彼女の想いは見事に叶い、3人の息子たちはきっと母親の映画を見て“カッコいい!”と思うに違いない。

40年の女優キャリアを通して、世界的に“セックスシンボル”の名をほしいままにしたシャロン!
そして、自身にまつわるそのイメージに多少の抵抗を感じながらも、61歳にして“私は今でもセクシー”と言わしめるシャロンに心からエールを送りたい。

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シャロンにまつわる数字

154
シャロンの知能指数。まれに見る高い知能指数で、通常は“天才”と呼ばれる領域の数値だという。

45
映画『カジノ』で彼女がまとったガウンの重さ。そのおかげでシャロンは背中を痛め、今でも時々その痛みに苦しんでいるという。

2001
フィル・ブロンシュテインのロサンゼルスへのプライベートツアーを組んだ年だが、フィルがコモドドラゴン(コモドオオトカゲ)に足を噛まれ、手術をする羽目に陥ったという不運に見舞われた年である。

37
3,700万USD(約40億円)といわれる、シャロンの出演料。

17
ミス・ペンシルベニアの候補者としてノミネートされたときのシャロンの年齢。
くしくも優勝を逃している。当時の審査員たちはきっと自分たちの選択眼のなさを恥じているに違いない。

FEATURE BY KATIE LANGFORD-FOSTER
PHOTOS © Avalon / WENN


END.
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