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OK! INTERVIEW☆ヴィクトリア・ベッカム:“できるだけ多くの世界中の女性にアプローチしたいと思っているわ”(後編)
「私の情熱は音楽ではなくてファッションなの。」と語る、スタイル・アイコンそして、最先端のファッションデザイナーとして活躍するヴィクトリア。

limited 2019.04.04

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現地時間2018年11月11日、カリフォルニア州ロサンゼルス、サンタモニカで開催された、ピープルズ・チョイス・アワード 2018(People's Choice Awards)のレッドカーペットに登場し、見事ファッションアイコン賞を受賞したヴィクトリア・ベッカム(Victoria Beckham)。


彼女は個性として間違いなくパワフルな女性のオーラを持っており、確実に何もかもを手にできる女性の一人である。彼女はファッション界で上昇する自身のスターダムに対して、常に芸術的なエネルギーとインスピレーションで溢れた人のために達成したもう1つのことと考えている。

ヴィクトリアは次のように語っている。「自分が愛することをできることは幸いよ。私はそれが若い女性に与えられるポジティブなメッセージだと思うし、誇りに思うわ。キャリアを持って、結婚して子供を持ちたいと思えば、そうすれば良いわ。圧倒されるかもしれないけれど、そうすることは可能よ...ちなみに私の母は、正直なぜ私が今こんなに頑張っているのか理解できないみたいだけどね。」

ヴィクトリアはまた、普段は注目を浴びたがらない夫のデビッドが常に彼女の人生を導いて支援していることを誇りに思っていると話す。「デビッドはいつも私を支えてくれたの。 私のことを面倒だと思っても、無条件に私を愛してくれているわ!」

魅力的なイメージがあり、有名雑誌にも定期的に登場する彼女だが、ヴィクトリアの4人の子供たちへの献身さを称えることも重要だ。

彼女は週に2〜3日訪れるナニー(乳母)がいて、新しいコレクションの立ち上げのために彼女が旅行中のときや、締め切りに遅れないよう助けてくれているが、仕事へ行く前には20歳のブルックリン(Brooklyn)、16歳のロメオ(Romeo)、そして14歳のクルーズ(Cruz)の3人の息子を朝、インターン先や学校へ送っている。

「私はだいたい6時に起きて、運動をして、子供に服を着せて、朝食を作って、算数のテストがあるのかとか、サッカー用の靴が必要なのかどうかをチェックして、それからデビッドか私のどちらかが学校へ彼らを送っていくわ。だいたい9時にはオフィスにいるわね。そしてそこでほとんどの時間を過ごすの。自分の朝食もそこでとるし、お茶を飲み、フルーツを食べて、それか通常は、アシスタントと色々とチェックするか学校の教頭に電話をかけなければならいわね。」
また「子供たちは別の学校に通っているから、デビッドと私はそれぞれの学校に向かうわ。」とも話している。

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1974年4月17日、トニー(Tony)とジャッキー(Jackie)の両親の間に誕生したヴィクトリア・キャロライン・アダムズ(Victoria Caroline Adams)は、ジュリアード(Julliard)で芸術を学ぶ若者についての映画『フェーム』(原題:Fame)を見た後、8歳からショービジネスの道に進むことを夢見ていたことを認めている。
彼女の家族は娘の願望を認め、8歳のヴィクトリアをロンドンのエンフィールド(Enfield)にあるジェイソン・シアター・スクール(Jason Theatre School)に送り、17歳まで同校で学んだヴィクトリアは、そこからサリー(Surrey)のレイン・アーツ・シアター・カレッジ(Laine Arts Theatre College)で演劇を学びモダンダンスのクラスも副専攻していた。彼女が大きくブレイクしたのは、歌と踊りの才能を持った女の子をオーディションのために探していたザ・ステージ誌(The Stage)の広告に20歳の若いパフォーマーとして問い合わせたときだった。

これはヴィクトリアとその後に選ばれた4人でスパイス・ガールズを形成したマスター・プロデューサー、サイモン・フラーの計画だった。その結果、ジェリ・ハリウェル(Geri Halliwell)、メルビー(Mel B)、メルシー(Mel C)、エマ・バントン(Emma Bunton)、そしてヴィクトリアは、最大のポップグループの1つとなる。
フラーの巧妙なマーケティング戦略の一環として、全てのメンバーにはニックネームが付けられた。ヴィクトリアは労働者クラスだった他のメンバーと比較してかなり裕福な家庭出身のため、ポッシュ・スパイスと呼ばれた。90年代にチャートのトップを席巻した期間は比較的短かったが、スパイス・ガールズは世界的現象となり、世界中の若い女性にエンパワメントのメッセージを送った最初の偉大なガールズグループの1つとして認識された。そしてその認識は、グループが解散してからずっと後、ヴィクトリアの最初の4人の子供の誕生の後でさえも、ヴィクトリア・ベッカムが引き継いでいた。

スーパースターである彼女の夫とは別のアイデンティティーを維持しようと、ファッションセンスで注目を集めるようになったヴィクトリア。彼女は全てのファッションショーに出席し、すぐにイギリスのファッショニスタとして浮上した。 2006年には、スタイルガイド『ザット・エクストラ・ハーフ・インチ』(That Extra Half Inch)を出版し、ジーンズやハンドバッグ、人気のあるサングラスを自身のDVbブランドで制作した。

「私はスパイス・ガールズに入る以前から自分の服のラインを出すことを夢見ていたの。」と彼女は言う。「私はスパイス・ガールズとしての人生の全ての瞬間を愛していたけれど、私の情熱は音楽ではなくてファッションなの。」

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彼女の夫デビッドが2006年にサッカーチーム、ロサンゼルス・ギャラクシー(LA Galaxy)と1億ドルの契約を結んだとき、ヴィクトリアと家族はロサンゼルスの大豪邸へ移り、彼女はナオミ・ワッツ(Naomi Watts)、ケイティ・ホームズ(Katie Holmes)、ウィル・スミス(Will Smith)、エヴァ・ロンゴリア(Eva Longoria)、ケイト・ベッキンセイル(Kate Beckinsale)らハリウッドのエリートサークルの仲間入りを果たした。そしてヴィクトリアと他のスパイス・ガールズのメンバーが2012年ロンドンオリンピック(2012 London Summer Olympic Games)での閉会式でパフォーマンスしたとき、彼女の音楽活動は終わりを告げた。

「もう二度とやらないわ。」と、パフォーマンスの数カ月後にヴィクトリアは語った。「“素晴らしいことね。皆さんに感謝します…でももうこれ以上はありません”と言うのに完璧なタイミングだったの。時にはグループを去るべきときがいつなのかを知っておく必要があるわ。」

ヴィクトリア・ベッカムが、尊敬されるファッションデザイナーとしての自分の出現に胸を高鳴らせていることは明らかだ。彼女のコレクションは全ての主要ファッションショーに登場し、長年に渡ってスタイルの決定者であるアンナ・ウィンターが大きな後押しをした。彼女のブランドのますますの偉業が認められ、マネジメント・トゥデイ誌(Management Today)のビジネス・アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー(Business Entrepreneur of the Year)にも過去に選ばれている。

それはヴィクトリアがポップスターとしての名声を超え、彼女だけの領域を見つけたということのもう一つの証である。彼女のパーソナル・スタイルは、以前と同じように派手な発言をすることに興味はなく、自信を持って自分の心理を表現するというところへ進化した。
「昔は目立つような服を着ていたけれど、今はそうでもないの。だって何も証明する必要はないと思うから。」と語るヴィクトリア。「(スパイス・ガールズとして)初めの頃は有名になったと感じていたけれど、今は成功したと感じられるわ。」

INTERVIEW © WENN
PHOTOS © Brian To / WENN.com
PHOTO © WENN.com


END.
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