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OK! INTERVIEW☆クリス・ヘムズワース: 映画『原題:Bad Times at the El Royale』:“これまでやってきた全てと比べて異質と感じてほしかった”(後編)
本作で自身のキャリアの中でも最も風変わりかつ印象的な演技を見せたクリス。

limited 2019.02.12

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映画『原題:Bad Times at the El Royale』で自身のキャリアの中でも最も風変わりかつ印象的な演技を見せたクリス・ヘムズワース(Chris Hemsworth)。


━━『アベンジャーズ』や『スタートレック』の大ヒットによって、ハリウッドであなたは名声を確立しました。ただ、本作のような全く異なる映画に出演することで違う要素を取り入れることも好きですか?

僕にとってはそれが不可欠なんだ。この作品では、僕がこれまでやってきた全てのことと比べて異質だと感じてほしかったけれど、最終的に全てがとても簡単に起こったことには驚いたし、それは自分が誰にも渡したくないと思う素晴らしい脚本を持っていたからなんだ。サイコロを振って、そのリスクを負わなければならないんだよ。


━━あなたは、ご自身のキャリアや大人になってからの人生の大部分を『マイティ・ソー』と『アベンジャーズ』の映画で過ごしましたね。過去には長期間家にいないということがどれだけつらいものか、懸念もしていましたね。

家を離れなければならないたびに心が痛くなるよ。あるときなんて10日間家にいたきりで、また飛ばななければならなかったのを覚えている。僕の娘はとても悲しがっていて、 "仕事を終えたばかりじゃない..."って言ったのさ。本当に苦しいよ。


━━あなたはしばしば、奥様のエルサ・パタキーがあなたにとってどれほど大切か、また子供の世話をするために彼女自身が演技のキャリアを犠牲にすることで、あなたが仕事をすることができると話すことがありますね。

彼女の支援があったから全てのことができたのさ。彼女は僕にあまりにも多くのことを与えてくれているから、彼女には感謝しきれないよ。
彼女は僕がクレイジーな夢を追いかけたり、僕が関わってきた素晴らしい映画の一部となることができるように自分の仕事を脇に置いてくれた人なんだ。僕の人生に彼女がいることはとても幸運だし、僕も彼女のためにできる限りそばにいてあげたいと思うよ。


━━流暢なスペイン語も彼女から習っていますか?

(不満そうに)習得中だよ。たったの8年だよ!(笑) でも正直なところ、エルサがスペイン語で子供たちに話しかけるときにもっと理解できるようになった。
でも、全てではないね。子供たちは流暢なスペイン語を話すけれど、彼らが僕の文化と彼女の文化の両方を持って成長していることが大好きだよ。僕の脳は既に映画のために覚えなければならないセリフでいっぱいだから、っていうのが僕がスペイン語を話さないことへの自分の言い訳なんだ!(笑顔)


━━奥様のスペインの文化とオーストラリアのネイティブ文化の間には大きな違いがありますか?

それほど大きくはないと思う。僕たちの間の大きな相似点は、お互いに夜にパーティーを開くのが好きな大家族を持っているということだね。皆とても賑やかで、皆が非常に近くに感じている。
一緒によく笑うし、本当に美しいことだよね。僕らの文化や物事の見方に大きなギャップがないという事実が、僕たちがうまく一緒にやれている理由の一つだね。

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━━エルサと子供たちと一緒にスペインに行く機会はどのくらいありますか?

普通は数週間、夏にスペインに行くけれど、今年(インタビュー当時の2018年)の終わりはスペインでもっと多くの時間を過ごしたいと思っているんだ。
オーストラリアのバイロンベイで生活することの面白さの一つは、時々地元の人よりも多くのスペイン人がいると思うこと! 時々僕は混乱して、間違ってマドリードに飛んできたのかと思うよ。バイロンベイではスペイン語が飛び交っているんだ。


━━あなたは映画業界でも最も親切で紳士的な人物の一人として知られています。どうやって地に足を付け続けているのですか?

あなたはとても親切だけれど、僕にとってとても大事な妻と一緒に過ごすこと、そして自分の周りにいる人々と一緒にいることがとても関係していると思うよ。
僕には素晴らしい家族がいて、特に両親は常に謙虚であることを教えてくれた。小さいころから知り合いの友達と連絡を取れていることも幸運だと思うよ。彼らが僕が自分自身の状況をあまり真剣に受け入れないようにしてくれているんだ。


━━オーストラリアに住んでいることで、ロサンゼルスに住んでいると浴びる注目や、家族との生活がさらされるようなこともなく済んでいると思いますか?

オーストラリアに戻ることは、僕たちにとって非常に良い決断だったね。オーストラリアでは、皆と一緒に映画業界とは関係のない話しができるんだ。ロサンゼルスでは、自分が俳優であることを忘れられる瞬間はほとんどないからね。

オーストラリアに住むことで、時にはリアリティーのない世界から離れることもできる。本当に多くの特別な機会を与えてもらったから、ハリウッドについてあまりにネガティブになりたくはないけれど、妻もオーストラリアが大好きだし、子供たちは自然の中でもっと楽しんでいるよ。


━━あなたは俳優として特別な旅を楽しんできていますね。足を踏み出したときはどう感じていましたか?

(笑)僕が17歳のときに、これが自分のしたいことだと決めたんだ。それ以来、「自分にできる」と「自分にはできない」の絶え間ない戦いだったよ。誰もが夢を追いかけているときに経験するようなものさ。
ハリウッドに来てから仕事がかなり早くに決まって(2009年のスタートレック)、そう意味ではとても幸運だったと思う。そしてその後しばらく働かずにいて、うまくいかないかも、と思うようになった。

でも、『マイティ・ソー』は本当にどこからともなく話がやってきて、それ以来続いているんだ。話が来るまでの数式を書き留めて、どうやってそれが起こったのかを理解できれば、そのメモを瓶に入れて頼んできた誰かにあげたいくらいだけれど、正直言って、何がどう働いたのかは分からないんだ。でもタイミングは多く関係しているよね。僕は適切な時期に適切な場所にいた。
でも、それに食らいつくためには、かなりタフでないといけないし、本当に意欲的でないといけないよ。


━━あなたは今や大スターですが、特にオーストラリアからL.A.にやって来て、俳優としての初めての仕事を探していた時期はどのようなものでしたか?

大変だったね。オーディションをしているときもとても不安だったし、“ノー”って言葉を聞くたびにその状況は悪化していったよ。何度も反省して「なぜ僕はこれをやっているんだ?動機は何だ?」って繰り返し自問した。
それこそ僕が気に掛けていたことは、自分の家族の面倒を見ることだと分かったときさ。僕は演技が大好きだけれど、彼らの面倒もしっかり見れていると確信する必要があった。僕はそれを思い出し続けたんだ。

INTERVIEW © WENN
PHOTO © WENN.com
PHOTO © Tony Oudot / WENN


END.
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